開発ストーリー
複数台の交互運転で24時間稼働を実現!65年の知見が支える新・水素燃料電池

カーボンニュートラルという言葉がなかった時代に始まった富士電機の燃料電池開発。水素社会の到来という社会の転換に向け、若手技術者が新境地を切り拓いている。ベテラン技術者の知見を活かしつつ、新たな燃料電池開発に挑戦する若手3人に話を聞いた。
市場の信頼を得た「りん酸形」
1961年、富士電機は「燃料電池」の研究開発を始めた。まだカーボンニュートラルという言葉が存在しない時代のことだった。
燃料電池は水素と酸素の化学反応により電気をつくるが、この化学反応の過程においてCO2の排出量はゼロである。
1970年代に起こった石油危機を契機に、国内で新エネルギー、省エネルギーへの関心が高まる中、富士電機はさまざまな種類の燃料電池を研究し、その中で、都市ガスやバイオガスのメタンを利用するりん酸形燃料電池(PAFC:Phosphoric Acid Fuel Cell)の開発に注力してきた。
1998年に製品化し、国内のみならず欧州や韓国にも販売。ホテルや大学、病院などに納入した。稼働時間は7.5年分に相当する6万時間、耐用年数はメンテナンス含めて15年という安定した運用を実現し、市場から高い信頼を得た。
固体高分子形へのシフトチェンジ

富士電機の燃料電池開発に転機が訪れたのは2021年のことだ。水素機器開発グループの糸川は「水素社会の到来という社会の転換に向けて、純水素と相性の良い固体高分子形燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)に着目していました」と振り返る。
かつては、富士電機も小規模商業施設向けに固体高分子形燃料電池の開発をしていたが、メタンを燃料とする産業用途のりん酸形燃料電池に注力するため、2010年ごろに開発をストップしていた。
糸川をはじめとする若手開発メンバーたちが新しい固体高分子形燃料電池の鍵となる低価格の燃料電池モジュールを模索していた中、2021年3月に行われた国際水素・燃料電池展において新しい車載用燃料電池モジュールが発表された。 車載用に量産されればコストも抑えられるはず。 そう考えた糸川は、これまで「りん酸形燃料電池」に取り組んできた先輩たちとの積極的な議論を通じて、新しい挑戦に向けた目標を設定した。
その結果、新たな車載用燃料電池モジュールを活用した固体高分子形燃料電池の開発プロジェクトが発足し、翌4月から本格的に始動した。若手メンバーのアイデアや行動力を活かしながら、組織全体で推し進めることとなった。
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1961年:
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燃料電池の研究開発に着手
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1973年:
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りん酸形燃料電池の研究開発に着手
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1989年:
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固体高分子形燃料電池の研究開発に着手
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1998年:
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りん酸形燃料電池を発売
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2021年:
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車載用燃料電池モジュールを用いた
水素燃料電池プラットフォームの開発に着手
4台のモジュールを止めながら動かす
車載用燃料電池モジュールを産業用に転用するにはハードルがあった。車載用は短時間の運転を想定しており、24時間設備が稼働する工場などの電源には向いていないことだ。
そこで開発チームは、燃料電池モジュールと、モジュールに水素や冷却水を送り込む「補機」を組み合わせた独自システム「燃料電池プラットフォーム」を開発し、2021年末には、このプラットフォームを4台組み合わせることで24時間稼働できるシステムを構築した。
150kWの出力であれば、まず4台のプラットフォームを37.5kWで動かす。一定時間が経過したら、プラットフォームA、B、Cを50kWで稼働させ、その間にプラットフォームDを休止させる。その次は、Dを稼働させてCを休ませる。こうした制御により合計150kWの出力を維持するというシステムだ。
また、4台にこだわらず、プラットフォームを複数台並べることで、お客様の要望に応じた出力範囲や用途に柔軟に対応できることも特長としている。

ベテランの知見があふれる「幸せな研究環境」
本システムの開発ができた背景を、糸川は「社内の信頼できるベテラン技術者からのアドバイスが大きかったです」と振り返る。
水素燃料電池は化学反応を利用して電気をつくる。化学反応の難しいところは条件のわずかな違いで特性が変化することだ。燃料電池の状態や温度、湿度などさまざまな要因で効率も変わってくる。4台の中で1台だけ停止したり、出力を変えたり、起動させたり。そんな急激で繊細な制御を可能にしたのは、りん酸形の開発に携わってきた技術者たちだった。
りん酸形、固体高分子形、その他の燃料電池の特性やシステムを知り尽くした富士電機社内のベテラン技術者が集まり、それぞれの知見を惜しみなくぶつけあった。
「電気的な制御やシステム構成、機器の選定、開発過程でのチェックポイントなどの “勘所”をベテラン技術者は知っているんです。その知見を教えてもらえる環境にいられることは幸せでした」(糸川)
今も試行錯誤は続いている。「燃料電池プラットフォーム」の運転試験でのデータの積み重ねは7000時間を超えた。そして、メンテナンスやプラットフォームの交換を含めたシステムとして、産業用途に向けた長寿命化の見通しをたてることができた。
「新しいものに挑戦したい」
この燃料電池プラットフォームは、工場などに置く「定置用」の開発が進み、製造過程で水素が発生する苛性ソーダなどの化学工場や、再エネの非常用電源を求めている工場などで使われることを想定しているという。もう一つの活用先として注目されているのが、港湾だ。
国は「カーボンニュートラルポート」を打ち出し、港湾の脱炭素化を進めようとしている。
港湾クレーン向けの水素燃料電池システムを開発する佐久間は「東京、名古屋、神戸などで、水素を有効活用しようとする機運が高まっています。そこに富士電機の水素燃料電池を役立てたい」と語る。佐久間は別の部署にいたが、「新しいものに挑戦してみたい」と水素燃料電池の開発メンバーに自ら手を挙げた。

工場など向けの水素燃料電池は、一度設置したら動かすことのない「定置用」だ。一方、港湾で使われる燃料電池は、主な用途をコンテナクレーンの駆動用電源として想定している。クレーン自体に設置されるため、クレーンの振動にも耐える強度を持ちつつ、定置用よりも大きさをコンパクトにしなければいけない。
2023年、まずはクレーンに必要な出力を調査するところから開発が始まった。クレーンをあらゆる条件で稼働させ、クレーンの運用においては燃料電池プラットフォーム1台で稼働できることを明確にし、設計を変更。「出力を抑えられることで冷却器などを小型化でき、これにより燃料電池全体をコンパクトにできました」と佐久間は話す。
2025年11月、東京の埠頭で実証実験が始まった。佐久間は「水素燃料電池のクレーンを初めて動かすので、緊張しますがワクワクしています」と話した。

燃料電池プラットフォームの設計を担った加藤は、定置用と港湾用という異なる環境への対応を求められた。だが、2022年に開発した燃料電池プラットフォームを用いた港湾用の試作品は「強度の部分で課題が見つかりました」と振り返る。
加藤は、強度が足りない部分の補強や、補機の固定方法の見直しなどの対策に加え、根本的な設計変更にも着手した。
「補機の配置を変えることで、耐振性や耐衝撃性が変わります。補機のメンテナンス性も考慮し、構成を大きく変えるなどあらゆるパターンを試して、コンパクトな構造と耐振性・耐衝撃性を両立できました」(加藤)

目の前に近づく“水素社会”
国内での水素製造は着実に増加しているが、依然として高コストの課題は消えない。しかし、大学時代から燃料電池を研究してきた加藤は「思っていたより“水素社会”の実現が早いスピードで進んでいる」と言う。
「水素社会を前進させるためには、富士電機がすべてを独自に開発するのではなく、水素の技術を一緒につくる仲間を増やすことが大切です。他社とも協力しながら水素エネルギーの普及を目指したい」(糸川)
佐久間は「市場が欲しいと思ったときに、富士電機が“すでに実証実験も済んでいます”と言って、製品を出せるようにしたい」と語る。

3人に学生へ向けた言葉を書いてもらった。加藤(左)は「開発はいろんな人の意見を聞きながら進めていく。だから“多視点での学び”があるんです」。佐久間(中)は「新しいことに興味を持って取り組むことが大切だと思います。自分にとっては前に進む原動力です」と言い、糸川(右)は「先輩方の技術はすごい。その知見を受け継ぎながら、新しい技術に“繋ぐ”ことが楽しいです」と話した。
研究の成果はまた次の時代に活かされていく。時代の空気を機敏にキャッチして、富士電機はこれからも未来の社会インフラを支えていく。